1年半で中学受験 2022

仕事に没頭していた母が退職し息子の中学受験に伴走開始。小5 8月からの短期決戦。小6秋までSAPIXに通塾。

【457~465日目実績】6年11月初 ~少しずつ、自分のものとして~

当該期間の実績など

 

  • 四科:過去問(第二志望校中心)など
  • 算数:特に分野別補充プリント(平面図形)に注力

 

ポイント

 

11月初の自宅学習期間

11月初に入り通学中の小学校は入試期間となって在校生は自宅学習。この時期にまとまった時間がいただけて、落ち着いた期間が持てたことに感謝している。

この期間における学校の宿題は少しだった。算数や国語の宿題は初めの頃に終えたようだ(算数はいつもと同様の問題が4日分、国語は中学校への進学適性試験の過去問一回分)。音楽も宿題があると言っていたがこちらは最後の2日で対応。イヤホンを着け iPad上で何やらやっていた。

 

志望校の過去問

この期間、過去問にも順々に取り組めた。この期間は主に第二志望の学校の過去問を中心に解いた。

第一志望校とは異なり少しは奮闘の形跡が見られ、取り組み後に赤本冒頭の表に自身の点数を書き込んで受験者平均や合格者平均との差異を確認するという、通常皆行っているであろうような取り組みになった。

算数では難度が低く受験者全体の平均点の高い回があり、その問題については息子も解きやすかったらしくて相対的に好成績となり、合格者平均との差異も小さかった。しかし少し難度が上がるだけで息子には対応できなくなっていた。そういった回では受験生内の点数差も算数で大きく開ているようだったし、息子も平均点を大きく下回ったりした。

息子の場合は、当たり前の問題を落とさないように基礎を確実にする必要があると同時に、少しひねりのある問題や、複合的な観点を要する問題、あるいは根気を持って調べ上げる必要があるような問題にも対応できるよう、発展的なものにも触れていく必要がある。

現時点では、そもそもそういった問題を前にしたときに初めから少し萎えているというか、立ち向かおうという気概があまり感じられないことがある。

 

分野別補充プリント(平面図形)

一定の時間がいただけたこの時期、重点的に一気に復習したのは以前土特の算数で配布されていた平面図形に関する「分野別補充プリント」。

これを日割りし、最初の3.5日間で一枚ずつ復習。基本的には最初に「(無印)」プリントを解いてもらう。そこで何の問題もなければ良いが一問でも間違いがあった場合は、その問題をやり直し理解してから、最後に「復習B」プリント(数値替え)ですべてやり直す。

その段階で多くのペーパーに間違いがあったばかりか、私が「山場」と言っていた3日目には本人が理解に苦しむ場面も見られた。

その日はこの取り組みに時間がかかったばかりではなく、とにかく機嫌が悪くなり(”発狂”)、私もつらかった。でも私ならそれを受け止めることも出来るし、そんな経験が大切だと私は知っている。「坂道を上っている感覚」とでも言うだろうか。ちょっとすんなり理解はできなくて、持てる知識を総動員しエネルギーを注いで自分の中に落とし込み自分で解けるまでにするというこの経験。これこそが一般的に「勉強」と言われているものなのではないだろうか。

息子の場合は塾に行って毎回大量の問題に遭遇し、解けない問題も多数ありながらその場ではエレガントな解説を聴いて何となく分かった気分になり、そして一部はそれでもよく分からないままに時間を過ごして、自宅で「何を言っていたか」を振り返って「まぁ、言われれば分かる」という程度にだけ "理解" して、それで終わってしまう、いや終わりにしたくなくても次の授業が迫ってきて同じことの繰り返しになってしまう。これは本当に良くないことだと私は知っているから。

エレガントな話を聞いて気分よく分かったような感覚を味わうのは楽だが、しかしそれは「坂道を転がり落ちている」ようなものだ。自分自身の足で「坂道を上っていく」のはつらいし、しんどい。でもそれこそが本当の学び、それこそが自分自身を強くし自分自身の血肉となる。

さて日々の「分野別補充プリント」の取り組みについては、取り組みの翌日、その冒頭にて前日に一問でも間違いのあったプリントは再び解き直す。それから当日分の新規プリントに入る。

こうして3.5日が終了し予定通り全プリントをやり終えたので、その翌日には一度でも間違いのあったすべてのペーパーについて基本的に「復習A」プリントで総復習。

その中でもまた間違いのあったものは、さらにその翌日に取り組んでいる(「(無印)」、「復習A」、「復習B」のうち同じものが連続しないように、また内容によっては一回にそれらのうち2種類)。

こうして5日間を終え、最終日はこれまでに間違ったものだけでなく3月組分け、7月組分け、8月マンスリー実力テストの大問「3」もやり直し。ただ残念ながらここには立体図形も含まれているとは言えまた結構間違いがあった。

復習していて、一回目に復習したものも翌日のやり直しでは自力できちんと答えられていることが印象的だった。そしてこうして一定期間に重点的に取り組むことで慣れや感覚が取り戻せること、またスピードが得られることは大事なことだと感じられた。

 

続く重点的な取り組み

息子の場合はとにかく基本的なところをもっと盤石にし、慣れて即答できるようにまでしておかないと入試問題など全く歯が立たない。

今回は平面図形について、特に「分野別補充プリント」を使用してやり直したけれど、まず重点的にしっかりやり直すべきはこの「平面図形」のほか「立体図形」、「速さとグラフ」だ。

今回基軸に据えたのは「分野別補充プリント」だったが、今後は春に購入した『標準20回テスト』をそのベースにする。

GWにこの全7冊について前から順に取り組んでいたが、当時の息子にはまだ難しいところがあって、それらの問題は「学びの出発点」にしかならなかった。良い学びではあっても自力でスラスラと進められるレベルでないものが多かった。だから当時は全冊について4分の1まで進めたところでいったんストップ。GWが終了しまとまった時間が取れなくなったことのほか、通常授業の内容さえ1週間をかけて理解に努める必要が生じたり、本人にとっての難易度から当初想定していた位置づけとは異なった存在になっていたためで、その後は復習のためにピンポイントで一部に取り組んだページがある程度となっていた。ここに来てようやくその問題集を一気に走らせる段階になっている。

ただ小学校の入試期間は昨日で終了し今日からは登校している。これまでの一週間のように時間がたっぷりあるわけでもなければ、疲労だってまた積み重なってくるだろう。また困難な毎日が訪れてしまうかもしれない。取り組むスピードは下がる。そんな中でもうまく取り組んでいく必要がある。

 

息子の成長、家事と私

少しお兄さんになったな、と感じられたこの期間。私はお料理や掃除など、家事の時間も多く持っていた。

以前はある一定の時間を息子に「預ける」ことが出来なかった。過去問のような問題一式を制限時間と共に預けても、気付いたら居眠りしていたこともあった。息子も一問一問で区切り私と一緒に取り組むこと、すなわち一問解いてすぐ答え合わせと解説の時間を持ち、それから次に行くという方法を望んだ。私が傍で凝視していないと何もできていないということも珍しくなかった。

しかしこの期間、過去問にも多く取り組み、その間私は家事に専念していた。また「分野別補充プリント」で "発狂" した翌日、最初にその範囲の数値替えプリントに取り組む際また分からなくて機嫌を損ね暴言を吐かれたりしてはたまらないと思った私はひたすら彼の周囲で掃除に没頭していた。しかし息子は一人でしっかり考えこれに取り組み、通常より少しは時間を要したもののきちんと解き終えていた。前日あれほど苦しんでいたにも関わらず答え合わせの結果ほぼすべて正解していたのを見て、また成長を感じたものだった。

第一志望校の過去問があまりにも解けなくて "かすりもしない" 点数で、良い意味でのショックを受けたこともあるかもしれない。いずれにせよ少しずつ息子も成長していることが実感できた。

息子の近くで掃除に勤しんでいた私は棚の高いところにずっと飾られたままだった小さな置物などを改めて手に取っていた。埃を払いきれいに拭き上げ別のところにディスプレイする。それは忘れかけていた過去を思い出すような時間でもあった。

埃にまみれて忘れていた過去。忙しさの中に置き忘れてきた本来の自分たちの姿。家事をしながら少しずつ埃が振り払われそれぞれの場所が輝きを取り戻していく。再び息吹が吹き込まれていく。

 

予防注射

今年は新型コロナウィルス感染症の予防接種も受けたが、例年と変わらずこの時期にインフルエンザの予防接種(一回目)も受けている。

帰り間際に2階の受付に一組の親子の姿があった。お母様は受付の方と話をされていて、傍の男の子は私たちのほうを向いていた。

すらりと長身で整ったお顔立ちをしたその男の子を、なぜか私は何となく見ながら歩いていた。少し男の子と目が合った。

直後に階下へのエスカレータがありそれに乗り込んだときだった。受付の方と話をされるお母様の声が耳に入った。「あっ。」 遠い過去に聴き慣れた声だと気づいた。

息子が幼稚園の頃、親しくしていたKくん親子なのでは、と。あの長身の男の子はとても小さかったあのKくんだったのか、と。

振り返りもせず、立ち返りもせず、そして隣の息子は何にも気づくことなく、私たちはそのまま帰途についた。

あぁ、もうあんなに大きくなられたのだ。息子も大きくなったけれど皆こんなに大きくなっているのだと感じずにはいられなかった。

時の流れを感じ、私たち親子はどこかに何かの忘れ物をしてきたという気持ちになった。失われた時というものの存在を、身に染みて感じた気がした。

 

これからの過ごし方

10月末から通常授業や土特は欠席し日曜日のSS特訓にだけ参加している。

コロナ禍の影響で始まったオンライン配信という制度のおかげだと思うが、通常授業も土特も欠席しているのでそれらの教材は前週末にまとめて郵送していただいている。

ご面倒をおかけしていることを恐縮に思うと共にそのご対応を大変ありがたく思っている。

火・木曜日の通常授業と土特の教材一式がきれいな状態できちんと手元に届く。私だけではなく、息子までも「このほうが分かりやすい。」なんて言う。

通常授業の実施日にはデイチェやコアプラス等に取り組み、取り組んだ後に必要な復習を実施している。

SS特訓についてもどうするかという話し合いはしている。

10月末の日曜日帰宅時には、お友だちにも会いたいから授業は行きたいと言っていたが、今回の自宅学習期間中には「やっぱり授業に行っても2割くらいはその場で理解できないで帰っているから、家で自分なりにちゃんと理解するまで取り組んだほうが良い気がする。」と言っていた。

冬期講習や正月特訓も今検討中だ。夏期講習のようになってしまったらもうおしまいだ。今回は1月に入ると実際の入試も始まってしまう。

最後はきちんと落ち着いて自分なりの勉強を進めたほうがいい。

この自宅学習期間には良い時間が持てたと思う。すべきことはたくさんある。目標になんて全く届いていない。時の流れを感じ、失われた時を覚え、過去は戻らないけれど埃を少しずつ払いながら新たな息吹を注いでいく。

最後の最後は、自分の勉強をして欲しい。自分の受験にして欲しいと思っている。

受け入れていただける学校がなくて、近所の公立中学校のお世話になることになってもそれもまた良しと思う。それもまた歴史の一つ、決して悪いものじゃない。

全部プロセス。一つひとつのプロセスを楽しんで味わえたら、それで良いじゃないか、そのほうが良いじゃないかと。

 

感想

 

入試期間が終わり今日から小学校へ登校している。大事な自宅学習期間という時間を通り抜け、今後しばらく続く忙しく大変な毎日も、それを踏まえて大切に味わいながら過ごしていければ。一歩一歩「坂道を上って」行ければ、と思う。

この期間中に豆苗をキッチンのカウンターで育ててみた。

3日目くらいに3本だけが抜きんでた。しばらくその状態が続いたが次の日になると突然「その他大勢」も一気に成長を始めた。その後数日間はみんな上にぐんぐん伸びたが、最初に抜きんでた3本がやはり全体からはとびぬけていた。

でもその後は皆自由に踊り始める。そうだ、つる性植物だった。

華麗な曲線、自由な森。もはや最初の3本なんてどこに在るのかもわからない。抜きんでているものもない、皆きれい。

私は毎日の変化が楽しくて、どんどん愛着が沸いてしまった。

次にこうなるなどと言った知識は皆無だったし、こうなって欲しいなんていう希望も何もなかった。ただその時々の成長が輝いて見えた。すべての変化が新しく、楽しく、愛おしかった。

なぜ心が雑巾を絞るように痛くなることがある? それは妙な希望があるからでは? こうしたらこうなるはず、などと言う勝手な想定があるからでは?

今この時を輝いている。そのまま、ありのままを楽しんで見つめていたい。慈しんでいたい。抜きんでる? 上に伸びろって言う? 自由で良いよ、ありのままで良いよ。次にどうなるかなんて分からない。それがまた味わいだ。

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【449~456日目実績】第2回合判SO・風邪・これからの過ごし方

当該期間の実績など

 

  • 算数:志望校過去問およびその復習中心
  • 国語:志望校過去問(物語文の苦手さが浮き彫りになり、できれば一日に比較的簡単な学校の過去問と合わせて2校分)
  • 理社:過去問、コアプラス

 

ポイント

 

第二回合格力判定サピックスオープン

10月24日(日)、第二回合格力判定サピックスオープン。第一回とは異なる中学校会場で受験。一週間後のSS特訓時に成績帳票を受け取っている。

算数・理科 ≒ 45 < 四科 < 50 < 国語 < 社会

算数と理科の成績が低かった回。教科の順序は毎回変化。苦手分野を確認し復習を。

 

風邪でダウン

実は合判前日の土曜日あたりから「喉が痛い。」と言いだしていた。ちょっと風邪かなという様子だった。

火曜日はSAPIXの通常授業がある日だったが、学校を出た直後の息子よりメールを受信。「頭も痛く今日は一日クラクラだった、風邪だ。」とあり、SAPIXは休むかとの問いかけに「休む。」と即答したので欠席連絡を入れた。

水・木曜日は学校を欠席している。

たいした発熱はなく(最も高かったのは水曜日午後の37.1度)、喉の痛み・咳・鼻水が主な症状だった。

 

睡眠は大切

火曜日は帰宅後学校の宿題や基礎トレだけを解いて早めに休んだと思う。(月曜日は私がダウンしていて火曜日も本調子ではなかったため、息子のことについてもあまり覚えていない・・・。)

水曜日の午前中はしっかり休み、午後から今後の予定等の話し合いだけはした。

木曜日になると午前から少しは取り組みも。ただし穏やかに。久しぶりに優しく穏やかで平和な時間を過ごし、部屋には幸せな雰囲気が漂っていた。ずっとこんな平和な毎日を過ごしたいと思うような。

でもダメダメ、かつて私たちはこのような平和で優しい時間をずっと過ごしていたのだろう。それに染まると外の世界で生きて行けなくなってしまう。

さてそんな木曜日、朝は普段なら学校へと出発する6時30分に緩やかに起床(すでに前日、本人の様子からこの日も休むことを決めていたため)。そしてゆっくり取り組みを始めた。

午前中、時間を決めて過去問を解いていたときのこと。私は軽く家事をしながらそんな姿を眺めていた。

終わった時「しっかりきちんと取り組めていたね。」と私は言った。ちゃんと「落ち着いた受験生のお兄さん」に見えたから。

この前日はとても早く就寝していた。9時前だったかもしれない。

やっぱり睡眠が十分とれていることが重要なのかな、と。すると「うん。全然頭も痛くないもん。こんなに違うとは思わなかった。」と本人が言った。

頭痛はほぼ毎日のように最近の息子が言う症状。「こんなに違うとは」という本人の表現に私もハッとさせられた。

毎日もっと早く、少しでも早く、就寝させたい。少しでも多くの睡眠時間を確保させたいと思った。

この日は穏やかで緩やかな取り組み内容だったし、前日もずっと休んでいたわけだから負担が少なかったのだろう。普段からそこまで多く休みを取れるわけではないし、すべきことは毎日それなりにある。

それでも毎日、ほんの少しでも多くしっかりした睡眠を取らせてあげたいと強く思った。

風邪の症状を訴えSAPIXを欠席した火曜日も、帰宅後学校の宿題には取り組んでいる。iPad上で算数の問題を解いたのだが、翌々日夕方に「今日の宿題を。」と同アプリを開いた息子が、その火曜日の採点結果を確認し「うわぁ、この日間違いだらけだ。」と言った。「最近はだいたい全部あってるけど、この日はバツばっかり。」と。火曜日はしんどい中頑張っていたんだねぇ、ということと、もう一つ。息子は受験勉強のほうの算数でも信じられないような、普通の人にとっては凡ミスと感じられるような間違いを量産してきたが、しっかり睡眠をとり常に落ち着いて解ける状態にしていたらそういったつまらぬ間違いの連発も減るのかもしれないと思った。

 

SAPIXにはSS特訓だけ通うことに

この欠席期間に、SAPIXにはSS特訓だけ通うことに決めた。通常授業や土特は欠席。欠席教材は事前に郵送していただけることになった。

秋になってからの状況は、受験生というのにこれほど勉強していない人はいないだろうと思うほどのものだった。

そして塾(通常授業)があることで、すべきことは明確なのに何か "堰き止められる" ような状況になっていた。そして息子は、塾に行ったからといってモチベーションが上がるわけでもなければ順位などを気にする人間でもないらしい。

志望校の過去問を解いても(解こうとしても)、その結果はお話にもならないもの。我が家には「この子に合格できる学校があるのか?」というムードが漂うほどだ。

すべきことを絞ろう、そして決めたことには粛々と取り組もう、ただそれだけだ。

それから学校も大きな負担になっており、学校から直接SAPIXに通いその帰宅が夜10時というのも良くないことだった。

とにかく「本当の勉強時間」というものを確保する必要があった。そして少しでも体力的な負担を軽減し、睡眠時間を多く確保したかった。

塾に行ったからといって成績が上がるわけではない。特に息子の場合は、とにかくうまく回っていない感じがした。「体力的な負担を軽減」とは言っても、本来的な「勉強の負担」はもっと味わってもらわねばならない。自分で考え、自分で解き、自分の力をつけてもらわねばならない。ただ漫然と話を聞いているだけでは何の意味もない。何かしっかりとした刺激、自分が実際に動き出すトリガーを受け取ることが出来るというのでもないならば、塾に行くと言うだけの行為は意味をなさない。

そのような経緯でSAPIXの通常授業と土特は欠席とし、一方SS特訓と冬期講習・正月特訓には参加することにした。

本当は通常授業等はもうやめても良いと思った。ただ本人が「理科とか社会でテキストの表紙裏にある知識のまとめが役立つからそれは読みたい。」と言ったところから、やめるのではなく欠席することに決めた。

週2回の通常授業の日、自宅でデイリーチェックやコアプラスのテストだけは必ず取り組むことに決めた。その結果によって何を復習すべきか分かったら、そこから適切な復習・対策を行うことに。

 

国語の物語文

金曜日には学校にも出席し、土曜日の取り組みは通常通りとしていた。

この日第一志望校の国語の過去問にも取り組んでいるが、やはりこれがまた酷い。物語文の復習を一緒にしているときには、すでに疲れも溜まっていたのかまた反抗的な態度になっていた。

難しいと思っても、よく分からないと思ってもとにかく「自力で読み解こうとしてほしい」と感じ銀本を渡したりしているが、やっぱり難しいかなと思わざるを得ないような状況。読解力と言うより想像力が足りないし、そもそも読解の基盤にあるべき常識や知識が欠如しているようにも感じた。

第一志望の学校の物語文は息子には難しいだろうと思った。また物語文の取り組み量が足りていないなとも思ったため、今後はできれば過去問を解くにしても、難しめのものと比較的簡単なものとをセットで取り組むようにしたいと感じた。

大人から見ると当たり前の光景、情景が全く共有できていないときもある一方、比較的理解しやすい描写になるとだいたい理解できていたりする。そのちょっとした、繊細な違いにも私は早く気付くべきだった。

今後一緒にたくさんの物語文(読解問題)に触れて行こうと思う。

それにしても、この日取り組んだ第一志望校の国語の過去問に描かれた優しいメッセージは強く胸に響いた。物語文と説明文とがあったが一貫したテーマ(受験生へのメッセージ)が横たわっており、素敵な学校だと思いジーンとした。メッセージにも色々あるだろうけれど、一人ひとりへの優しい愛に溢れたメッセージに共感を覚えたから。どちらの文章についても初読時の息子はほとんど意味が理解できていなかったが、一緒に復習し情景を共有しながら何となく感じられる学校からのメッセージについて家族で話し、息子には難しく手の届かない学校だとしても本当に素敵な学校だねと涙ぽろり

 

感想

 

小学校はこれから入試期間に入るため明日からしばらく自宅学習となる。秋になってからこれまでろくに勉強ができていない状態で残り3か月を迎えてしまったが、この期間をとにかく大切にし、できる限りのことをして新たな時期へと入るようにしたい。

学校がなければたくさんの取り組みができるだろう。バタバタしたり何かに振り回されたりすることもなく、穏やかな時間の過ごし方もできるだろう。

計画に従い、粛々と大切な時間を過ごしたい。本当にもうそれだけだ。

それから毎年この時期に一回目を受けているインフルエンザの予防接種。もう少し体調が本調子になるのを待って今年も受けよう。

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【448日目実績】読解問題に息子が「登場」し、家族で笑う

10月22日の実績

 

  • 算数:基礎トレ、各種問題演習
  • 国語:漢字
  • 社会:公民
  • 四科:10月度マンスリーテスト総復習

 

ポイント

 

土特を欠席し一日自宅学習

10月23日(土)、この日の土特は欠席し自宅で丸一日、落ち着いて自分自身の取り組みを進めた。これまでの復習がメインだ。

土曜日なので主人も近くにいる。本人が逃げ出したくなっても私以外にもう一人いれば多少は状況も違ってくる。

 

主な取り組み内容

算数について、模試の大問「2」(小問集合)や大問「3」(図形小問集合)にある問題、あるいは「速さ」に関する問題や「立体図形」に関する問題を中心に取り組んだ。基本的にはこれまでの模試等で間違った問題を復習するかたち。

それから社会の公民について、暗記カードを使用しながら確認を進めた。必要な場合は過去のテキストを参照。気になった息子がパッと該当ボックスを手元に引き出すのだが、SAPIXのテキストはたくさんあり同じ内容があちこちで扱われ散逸しがち。「あれ」が見たいと思っても、それが何冊目のテキストのどこに在るか探すのに少し時間を要することもあった。このアクセス時間がもったいない。SAPIXはその場でどんどん頭に入れること、最低でもどこにどんな情報が載っているかを覚える程度には各テキストを扱っている期間に覚えておくことを求めているのだろう。

10月度マンスリー実力テストについては四科目について総復習。基本的には本人が間違った問題のうち正答率の高い問題から復習をしていった。

 

国語の読解問題に息子が「登場」

10月度マンスリー実力テストでは国語の成績が特に悪かった。このテストでは帰宅時に「今日は眠かった。」と言った息子、特に国語について「全然できなかった。」と言っていた。

この日全体を総復習しているが、その中で大問「3」の物語文に取り組んでいるときのこと。最初に息子に音読をしてもらっていた。出典は、瀬尾まいこ『その扉をたたく音』だった。

冒頭にある「<ここまでのあらすじ>」には

「俺」は老人ホーム(「そよかぜ荘」)にギターの演奏をしに訪れた際、ひょんなことから利用者である水木さんと知り合い買い物を頼まれたことで、息子という形で毎週訪れるようになります。そんな「俺」は大学を卒業したあと無職のまま、親の仕送りで暮らしながらギターで成功することを夢見ています。

とあった。

「あはは。楽して死ねたらラッキーじゃないか」

水木のばあさんはゲラゲラ笑うと、

「ぼんくらと話してると本当疲れるわ」

と大きなあくびをした。

というセリフを読んでいるところで、息子は急に横にいる私をじーっと見つめてこう言った、「お母さんもよくぼくにこういうこと言うよね」。

え?

「テストから帰るとき『今日、読解文にお母さんそっくりのおばあさんが出てきたよ。』って言おうと思ったの。言わなかったけど。」

物語は続く。

病院へ入院することになった「水木のばあさん」は「俺」に手紙をしたためていた。その冒頭。

ぼんくら息子へ

六月十二日、ぼんくらの演奏を聴いて驚いた。へたくそなギターに野太い声。よくこんなので人前で歌う気になったなとぞっとしたよ。みんながしらけてるのに、堂々と歌い続けてさ。

「ぼんくら息子」、 我が家の息子のこと? これについても思い当たる節があり過ぎる。本人も「読んでて、これ自分のこと言ってる?って思った。」と心当たり大あり。隣にいる主人も涙をぬぐいながら大笑いしだした。

自分のできることだけをして、何とも向き合わず、何も超えようとせずに生きてきた俺

その通り、一同爆笑。

「うるさいぼんだね。それより九月も終わるんだから、ぼんくらはちゃっちゃと目を覚ましてやることやんな」と言っていた「水木のばあさん」は入院後ほどなくして亡くなってしまう。

他の人物の存在があり葬儀に足を運んだ「俺」は、「水木さん」の「宝物」をお棺に入れるよう渡される。それは以前「俺」が「水木さん」に頼まれて購入したハンドタオルで、「ばあさんに預かった金では足りず、自分の金を使っ」て買ったものだった。「水木さん」はそれをずっと「高級タオル」だと言い、手洗いして大切にしていたと言う。

このとき「俺」は目を覚まし

いや、これは俺が買ったんじゃない。このタオルに使ったのは、俺の金じゃなく、親父の金だ。

待ってくれ、ばあさん。ばあさんの宝物はこれじゃない。俺、すぐに動き出すから。十一月二十七日ではなく、今すぐに。俺が体と頭を使って手にした金で、ばあさんに持っていてもらえるものを、ちゃんと贈るから。

と、現実を直視せず逃げてきたこれまでの自分と決別し、自立して生きていくことを決意する。

「『待ってくれ』と言っても、もうおばあさん死んじゃってるよね。[息子] も気づくのはお母さん(私)が死んだときか。」と主人。

「これ読んでてめちゃくちゃ自分のことじゃんって思ったけど、ぼくまだ12歳だから。この人29歳だから、あと17年ある。」と言う息子に対して、「でもちゃんと『自分のことだ』と気づけて、自分の姿を客観視できて良かったね。この物語のおかげで今本当に目が覚めたなら素晴らしいね。」という話になり、家族で大笑い。

具体的な出来事に即し毎日のように息子に諭すように伝えることのある我が家。この物語の表現があまりにその状況にぴったり一致して、驚きながらも爆笑と語り合いの時間を持った我が家だった。

そして夜、公民の学習をしているときのこと。基本的に粛々と学習していれば良いところ、なぜか内容の逸れるような的外れな話を始めることも多い息子、この日も「●●って何?」と全然関係のない某保険商品名を突然尋ねてきた。息子にとってはたぶん学習中に扱っていたある用語とその名称とが似ているように思われたのだろう。

「それは生命保険の一つだね。」と答えたのをきっかけに、また受験勉強としては時間の浪費になるかもしれないが、各種保険の話になった。

前日も前々日も、息子と私たちとの間でちょっとした言葉のやり取りがあった。その際「息子は恵まれ過ぎている上にまだ世界も狭いから、自分がどれだけ多くの人に支えられていているかも分からず常に自分が世界の中心だと思って、感謝の念も抱きにくいのかも。」と感じ、私はその通り話していた。

この日はこの生命保険の話をきっかけに、将来のことを考えてお父さんも色々な生命保険を掛けていたりするという話を始めた。普段当たり前のように生活している息子は知らないだろうけれど、万一のことがあっても家族が困ることのないようにとか、何かあっても息子が勉強を続けられるように等と、実は裏側で様々な備えをしてくれていること、社会は皆が支え合って成り立っていることなど。

息子は「難しいな。」とか「知らなかった。」などと言いながらも興味深そうにその話を聞いていた。我が家の「ぼんくら息子」の表情も、このときは少しだけ変化した気がした。

 

感想

 

自分のことについて自分で自覚しているのは素晴らしいと思う。

「このテストのときめちゃくちゃ眠かったんだよ。でもその割には結構頑張ってる。ほら見てよ、これ。」と、試験中に船を漕いでいた跡(問題冊子にフラフラした鉛筆の縦線が数本)を見せてくれさえする、正直者の「ぼんくら息子」君。

この日も今日も、主人が少し息子に指示を出したり様子を見たりしてくれていて、私は家事も結構できた。「これを〇分、チェックを〇分」など、私が言ってもそのようにしてくれなかったりするが、主人の指示だと多少威力がある。そして以前だと、主人が居るときは静かにしていて不在の日に私に対し「昨日は我慢していたんだ!」などと突然激しい物言いをすることがあったが、今回はそうはならないのではないかと思っている。今、息子の様子を見ていてそう思う。少しだけ変わった、・・・かもしれない。

社会や理科のコアプラスの確認でさえ時間がかかり過ぎ。とっくに覚えているはずのものなのに。10月マンスリーの漢字でもちょうど先日私が解説したばかりのものさえ間違っていた。信じられない。

丁寧にやろう、と思う。「さすがにもう覚えているだろう。」とか「先日やったばかりだから。」、「これだけ繰り返しているのだから。」などという思い込みは捨てよう。息子には適用できない。

もしかしたら少しだけ息子も「目が覚めた」かもしれないのだ。だから、ゆっくりでもいい。自分の頭、自分の力で考えて、自立して自分のものにしていけるのがそのスピード、そのやり方であると言うならば。

息子には息子の生き方がある。周囲に振り回されることなくいつもマイペースで居られるのもなかなかすごいことだ。

私の人生はここで終わるかもしれない。でも息子の人生にはまだ可能性がたくさんある。これからもまだまだ変わっていけるのだ。

「ぼんくら息子」君、あなたの歩みで結構です。互いに思いを一つにし高ぶらず共に歩んでいける気がします。こんな「ぽんこつ母さん」(あ、「ばあさん」かな)ですが、これからもよろしく。

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