1年半で中学受験 2022

仕事に没頭していた母が退職し息子の中学受験に伴走開始。小5からの短期決戦。

【19日目実績】間違いを減らす方法

8月20日の実績

 

  • 学校の宿題を仕上げる
    • 算数問題集
    • 家庭科(被服・食物)
    • 図工
    • 社会(伝統工芸品に関する新聞づくり)
    • 音楽(リコーダー)
  • 国語の要(漢字)
  • 基礎トレ(8月20日分)
  • 基礎トレ7月分(食塩水の基本)


ポイント

 

「きれいな数字にならない」

基礎トレ⑨番では2つの計算をし、それぞれの答えの合計値が解答になる問題だった。
式自体は簡単なものだ。
しかしその一つ目の計算について、息子の計算結果は \frac{384.65}{3}になったそうだ。

その時点で息子は「えー、おかしいな」と言い出した。 答えが「きれいにならない」と言うのだ。
この答えは間違いなのではないかと。しかし再度計算してみてもこうなる、ということで止まっていた。

そこで「この答えは合っている」と思うなら、続けて二つ目の計算をするよう私が促す。
すると二つ目の計算において息子の答えは \frac{25.12}{3}。 この結果を受けて「あ、いける」と言う息子。

 \frac{384.65}{3}+\frac{25.12}{3}=\frac{409.77}{3}=136.59

と算出して正解していた。

そして続く⑩番。  16 \times2 \times3.14 \times \frac{\boxed{\phantom{\text{ a}}}}{360}=62.8 を解く。
ここでもまた、 62.8 \div100.48 を筆算しながら「間違っているのではないか」と不安になり止まる彼。

そこで「まず分数にしてみたら?」と私。分数にしてとりあえず簡単に  \frac{785}{1256} まで約分。
「そこから筆算してみたら? とりあえず小数第三位まではやってみようよ。それでも『ずっと割り切れない』と感じるなら、分数で答えよう」と言ってみた。
 785\div 1256 を計算してみると、すぐに息子「あ!」。答えは「 0.625」と とてもきれいな数字。

毎日、数字だけ変えた同じ問題に取り組んで来たのにこんな計算結果になったことがなかった、というのはあるだろう。
しかしこの日、この2題に関して息子と話したのは「取り組み中の意識・姿勢」と「計算の工夫」についてだった。

取り組み中の意識・姿勢

今回の⑨番において解答を導くには、4つのステップがあった。

  1. 問題文を読んで立式する
  2. 1つ目の計算をする
  3. 2つ目の計算をする
  4. 合算する

二人三脚を始めてから 計算間違いがあまりに多いと感じ「確認」するステップを必ず入れるように言ってきたが、 そのステップは細かく分けた各工程(今回であれば上記4ステップ)の最後にそれぞれ簡単に入れておくべきということ。

問題文をよく読み立式したら、その時点で問題文を見直し間違っていないか、数字を書き間違っていないか、ちゃんとチェックする。

この工程が「OK」だというのなら、例えば「ステップ3」のあと「あれ?」と思うことがあっても、ステップ1や2の最初まで立ち返る必要はない。

また、一つひとつの計算はしっかり丁寧に解くこと。
そのステップで「問題ない」という状態にして次の工程に進んでおけば、何かあっても手戻りは大きくならずに済むし、 一つひとつの工程を丁寧にきちんと解いておくことで、ちょっと見慣れない数字だからって不安になることもない、と。

ただし「確認」作業自体は「どこかに間違いがあるのではないか」という気持ちで、心にバイアスをかけず行うよう伝えた。

計算の工夫

今回の⑩番では、小数を分数にして計算し始めることにした。そしてある程度の約分はその段階でしてしまう。
分数のまま解答まで到達できれば良いが、パッと公約数が浮かばないようになった程度のところで 割り算(分子÷分母)をして解答を導くことにした。

とにかく、計算しやすく、速く計算できそうなほう、間違いをなるべく回避できる方法を採用すれば良い。
そして各計算がきちんと丁寧に行えているのなら、その結果に自分は自信を持てば良いのだ。



感想


この日はとにかく学校の夏休みの宿題を片付けたので、取り組み内容は少ない。
それでも、上記 基礎トレに関する学習(当日分 及び「食塩水の基礎」に関する復習)の中身は濃かったと思う。

私が仕事で忙しくなる前、特に まだ仕事を再開していなかったころ(私は出産を機に退職している。息子が小2 終盤になるころから仕事を再開し、そのうち正社員になって仕事に没頭するようになっていた)は、常にそばについて勉強をさせていた。そのころの勉強は 本質的なものというより表層的で「何とかやり過ごす」という態度になっていたのは間違いない。

上述のような現在の学習内容は「小5の夏になって今更こんなこと?」と感じるようなレベルだ。でも、今こそ、本人が心から納得しつつ学んでいるように感じる。

私のこの意見に対し 本人も「うん、ぼくもそう思う」と言っていた。

1、2年生のころ、公文をやっていたこともあった。期間は短いものの小1の内容から始めて中1冒頭の内容まで取り組めた。 しかし今、当時あれほどたくさん分数の計算を解いた(処理した)というのに、何の片鱗も感じられないレベル。

当時の彼は嫌々取り組んでいたのだ。ただ早く終わらせたくて、ただ言われるままに、とにかくその場限りの表層的なやり方で「処理」していた。

でも今はただやらされているんじゃない、根っこから、試行錯誤しながら、掘り返して理解しているように感じられる。
時間もかかるし、経験する問題数はとても少ない。でも今こそようやく、本当の勉強になっているのではないか、大事な時間が過ごせているのではないかと私は感じる。

このような学びこそが将来に繋がっていくはず。一つひとつの取り組みを 自分なりの本当の学びとして吸収していってほしいと思う。