1年半で中学受験 2022

仕事に没頭していた母が退職し息子の中学受験に伴走開始。小5 8月からの短期決戦。現在、小6 SAPIX通塾中。

【457~465日目実績】6年11月初 ~少しずつ、自分のものとして~

当該期間の実績など

 

  • 四科:過去問(第二志望校中心)など
  • 算数:特に分野別補充プリント(平面図形)に注力

 

ポイント

 

11月初の自宅学習期間

11月初に入り通学中の小学校は入試期間となって在校生は自宅学習。この時期にまとまった時間がいただけて、落ち着いた期間が持てたことに感謝している。

この期間における学校の宿題は少しだった。算数や国語の宿題は初めの頃に終えたようだ(算数はいつもと同様の問題が4日分、国語は中学校への進学適性試験の過去問一回分)。音楽も宿題があると言っていたがこちらは最後の2日で対応。イヤホンを着け iPad上で何やらやっていた。

 

志望校の過去問

この期間、過去問にも順々に取り組めた。この期間は主に第二志望の学校の過去問を中心に解いた。

第一志望校とは異なり少しは奮闘の形跡が見られ、取り組み後に赤本冒頭の表に自身の点数を書き込んで受験者平均や合格者平均との差異を確認するという、通常皆行っているであろうような取り組みになった。

算数では難度が低く受験者全体の平均点の高い回があり、その問題については息子も解きやすかったらしくて相対的に好成績となり、合格者平均との差異も小さかった。しかし少し難度が上がるだけで息子には対応できなくなっていた。そういった回では受験生内の点数差も算数で大きく開ているようだったし、息子も平均点を大きく下回ったりした。

息子の場合は、当たり前の問題を落とさないように基礎を確実にする必要があると同時に、少しひねりのある問題や、複合的な観点を要する問題、あるいは根気を持って調べ上げる必要があるような問題にも対応できるよう、発展的なものにも触れていく必要がある。

現時点では、そもそもそういった問題を前にしたときに初めから少し萎えているというか、立ち向かおうという気概があまり感じられないことがある。

 

分野別補充プリント(平面図形)

一定の時間がいただけたこの時期、重点的に一気に復習したのは以前土特の算数で配布されていた平面図形に関する「分野別補充プリント」。

これを日割りし、最初の3.5日間で一枚ずつ復習。基本的には最初に「(無印)」プリントを解いてもらう。そこで何の問題もなければ良いが一問でも間違いがあった場合は、その問題をやり直し理解してから、最後に「復習B」プリント(数値替え)ですべてやり直す。

その段階で多くのペーパーに間違いがあったばかりか、私が「山場」と言っていた3日目には本人が理解に苦しむ場面も見られた。

その日はこの取り組みに時間がかかったばかりではなく、とにかく機嫌が悪くなり(”発狂”)、私もつらかった。でも私ならそれを受け止めることも出来るし、そんな経験が大切だと私は知っている。「坂道を上っている感覚」とでも言うだろうか。ちょっとすんなり理解はできなくて、持てる知識を総動員しエネルギーを注いで自分の中に落とし込み自分で解けるまでにするというこの経験。これこそが一般的に「勉強」と言われているものなのではないだろうか。

息子の場合は塾に行って毎回大量の問題に遭遇し、解けない問題も多数ありながらその場ではエレガントな解説を聴いて何となく分かった気分になり、そして一部はそれでもよく分からないままに時間を過ごして、自宅で「何を言っていたか」を振り返って「まぁ、言われれば分かる」という程度にだけ "理解" して、それで終わってしまう、いや終わりにしたくなくても次の授業が迫ってきて同じことの繰り返しになってしまう。これは本当に良くないことだと私は知っているから。

エレガントな話を聞いて気分よく分かったような感覚を味わうのは楽だが、しかしそれは「坂道を転がり落ちている」ようなものだ。自分自身の足で「坂道を上っていく」のはつらいし、しんどい。でもそれこそが本当の学び、それこそが自分自身を強くし自分自身の血肉となる。

さて日々の「分野別補充プリント」の取り組みについては、取り組みの翌日、その冒頭にて前日に一問でも間違いのあったプリントは再び解き直す。それから当日分の新規プリントに入る。

こうして3.5日が終了し予定通り全プリントをやり終えたので、その翌日には一度でも間違いのあったすべてのペーパーについて基本的に「復習A」プリントで総復習。

その中でもまた間違いのあったものは、さらにその翌日に取り組んでいる(「(無印)」、「復習A」、「復習B」のうち同じものが連続しないように、また内容によっては一回にそれらのうち2種類)。

こうして5日間を終え、最終日はこれまでに間違ったものだけでなく3月組分け、7月組分け、8月マンスリー実力テストの大問「3」もやり直し。ただ残念ながらここには立体図形も含まれているとは言えまた結構間違いがあった。

復習していて、一回目に復習したものも翌日のやり直しでは自力できちんと答えられていることが印象的だった。そしてこうして一定期間に重点的に取り組むことで慣れや感覚が取り戻せること、またスピードが得られることは大事なことだと感じられた。

 

続く重点的な取り組み

息子の場合はとにかく基本的なところをもっと盤石にし、慣れて即答できるようにまでしておかないと入試問題など全く歯が立たない。

今回は平面図形について、特に「分野別補充プリント」を使用してやり直したけれど、まず重点的にしっかりやり直すべきはこの「平面図形」のほか「立体図形」、「速さとグラフ」だ。

今回基軸に据えたのは「分野別補充プリント」だったが、今後は春に購入した『標準20回テスト』をそのベースにする。

GWにこの全7冊について前から順に取り組んでいたが、当時の息子にはまだ難しいところがあって、それらの問題は「学びの出発点」にしかならなかった。良い学びではあっても自力でスラスラと進められるレベルでないものが多かった。だから当時は全冊について4分の1まで進めたところでいったんストップ。GWが終了しまとまった時間が取れなくなったことのほか、通常授業の内容さえ1週間をかけて理解に努める必要が生じたり、本人にとっての難易度から当初想定していた位置づけとは異なった存在になっていたためで、その後は復習のためにピンポイントで一部に取り組んだページがある程度となっていた。ここに来てようやくその問題集を一気に走らせる段階になっている。

ただ小学校の入試期間は昨日で終了し今日からは登校している。これまでの一週間のように時間がたっぷりあるわけでもなければ、疲労だってまた積み重なってくるだろう。また困難な毎日が訪れてしまうかもしれない。取り組むスピードは下がる。そんな中でもうまく取り組んでいく必要がある。

 

息子の成長、家事と私

少しお兄さんになったな、と感じられたこの期間。私はお料理や掃除など、家事の時間も多く持っていた。

以前はある一定の時間を息子に「預ける」ことが出来なかった。過去問のような問題一式を制限時間と共に預けても、気付いたら居眠りしていたこともあった。息子も一問一問で区切り私と一緒に取り組むこと、すなわち一問解いてすぐ答え合わせと解説の時間を持ち、それから次に行くという方法を望んだ。私が傍で凝視していないと何もできていないということも珍しくなかった。

しかしこの期間、過去問にも多く取り組み、その間私は家事に専念していた。また「分野別補充プリント」で "発狂" した翌日、最初にその範囲の数値替えプリントに取り組む際また分からなくて機嫌を損ね暴言を吐かれたりしてはたまらないと思った私はひたすら彼の周囲で掃除に没頭していた。しかし息子は一人でしっかり考えこれに取り組み、通常より少しは時間を要したもののきちんと解き終えていた。前日あれほど苦しんでいたにも関わらず答え合わせの結果ほぼすべて正解していたのを見て、また成長を感じたものだった。

第一志望校の過去問があまりにも解けなくて "かすりもしない" 点数で、良い意味でのショックを受けたこともあるかもしれない。いずれにせよ少しずつ息子も成長していることが実感できた。

息子の近くで掃除に勤しんでいた私は棚の高いところにずっと飾られたままだった小さな置物などを改めて手に取っていた。埃を払いきれいに拭き上げ別のところにディスプレイする。それは忘れかけていた過去を思い出すような時間でもあった。

埃にまみれて忘れていた過去。忙しさの中に置き忘れてきた本来の自分たちの姿。家事をしながら少しずつ埃が振り払われそれぞれの場所が輝きを取り戻していく。再び息吹が吹き込まれていく。

 

予防注射

今年は新型コロナウィルス感染症の予防接種も受けたが、例年と変わらずこの時期にインフルエンザの予防接種(一回目)も受けている。

帰り間際に2階の受付に一組の親子の姿があった。お母様は受付の方と話をされていて、傍の男の子は私たちのほうを向いていた。

すらりと長身で整ったお顔立ちをしたその男の子を、なぜか私は何となく見ながら歩いていた。少し男の子と目が合った。

直後に階下へのエスカレータがありそれに乗り込んだときだった。受付の方と話をされるお母様の声が耳に入った。「あっ。」 遠い過去に聴き慣れた声だと気づいた。

息子が幼稚園の頃、親しくしていたKくん親子なのでは、と。あの長身の男の子はとても小さかったあのKくんだったのか、と。

振り返りもせず、立ち返りもせず、そして隣の息子は何にも気づくことなく、私たちはそのまま帰途についた。

あぁ、もうあんなに大きくなられたのだ。息子も大きくなったけれど皆こんなに大きくなっているのだと感じずにはいられなかった。

時の流れを感じ、私たち親子はどこかに何かの忘れ物をしてきたという気持ちになった。失われた時というものの存在を、身に染みて感じた気がした。

 

これからの過ごし方

10月末から通常授業や土特は欠席し日曜日のSS特訓にだけ参加している。

コロナ禍の影響で始まったオンライン配信という制度のおかげだと思うが、通常授業も土特も欠席しているのでそれらの教材は前週末にまとめて郵送していただいている。

ご面倒をおかけしていることを恐縮に思うと共にそのご対応を大変ありがたく思っている。

火・木曜日の通常授業と土特の教材一式がきれいな状態できちんと手元に届く。私だけではなく、息子までも「このほうが分かりやすい。」なんて言う。

通常授業の実施日にはデイチェやコアプラス等に取り組み、取り組んだ後に必要な復習を実施している。

SS特訓についてもどうするかという話し合いはしている。

10月末の日曜日帰宅時には、お友だちにも会いたいから授業は行きたいと言っていたが、今回の自宅学習期間中には「やっぱり授業に行っても2割くらいはその場で理解できないで帰っているから、家で自分なりにちゃんと理解するまで取り組んだほうが良い気がする。」と言っていた。

冬期講習や正月特訓も今検討中だ。夏期講習のようになってしまったらもうおしまいだ。今回は1月に入ると実際の入試も始まってしまう。

最後はきちんと落ち着いて自分なりの勉強を進めたほうがいい。

この自宅学習期間には良い時間が持てたと思う。すべきことはたくさんある。目標になんて全く届いていない。時の流れを感じ、失われた時を覚え、過去は戻らないけれど埃を少しずつ払いながら新たな息吹を注いでいく。

最後の最後は、自分の勉強をして欲しい。自分の受験にして欲しいと思っている。

受け入れていただける学校がなくて、近所の公立中学校のお世話になることになってもそれもまた良しと思う。それもまた歴史の一つ、決して悪いものじゃない。

全部プロセス。一つひとつのプロセスを楽しんで味わえたら、それで良いじゃないか、そのほうが良いじゃないかと。

 

感想

 

入試期間が終わり今日から小学校へ登校している。大事な自宅学習期間という時間を通り抜け、今後しばらく続く忙しく大変な毎日も、それを踏まえて大切に味わいながら過ごしていければ。一歩一歩「坂道を上って」行ければ、と思う。

この期間中に豆苗をキッチンのカウンターで育ててみた。

3日目くらいに3本だけが抜きんでた。しばらくその状態が続いたが次の日になると突然「その他大勢」も一気に成長を始めた。その後数日間はみんな上にぐんぐん伸びたが、最初に抜きんでた3本がやはり全体からはとびぬけていた。

でもその後は皆自由に踊り始める。そうだ、つる性植物だった。

華麗な曲線、自由な森。もはや最初の3本なんてどこに在るのかもわからない。抜きんでているものもない、皆きれい。

私は毎日の変化が楽しくて、どんどん愛着が沸いてしまった。

次にこうなるなどと言った知識は皆無だったし、こうなって欲しいなんていう希望も何もなかった。ただその時々の成長が輝いて見えた。すべての変化が新しく、楽しく、愛おしかった。

なぜ心が雑巾を絞るように痛くなることがある? それは妙な希望があるからでは? こうしたらこうなるはず、などと言う勝手な想定があるからでは?

今この時を輝いている。そのまま、ありのままを楽しんで見つめていたい。慈しんでいたい。抜きんでる? 上に伸びろって言う? 自由で良いよ、ありのままで良いよ。次にどうなるかなんて分からない。それがまた味わいだ。

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