1年半で中学受験 2022 とその後

都内私立小に通い小6秋までSAPIXに通塾した男子の中学受験とその後。小5 8月、母親(私)が仕事を退職し中学受験の伴走を開始。小6 12月、SAPIX退塾、2022年外部受験。栄東中進学。

『すべては導かれている』

 

退塾直後の後悔や不安

振り返ると今後に活かせる様々な反省点のあった息子の中学受験。もっと主体的であるべきだったのに常に塾に翻弄されていたというのは、その中でも私たちの大きな反省点です。

思い出せば新6年生になった昨年2月、とうとう受験生になってギアを上げて行こうという時期に、SAPIXでは土曜日の「土特」も始まりましたが、その頃から息子はその流れに乗ろうとせず立ち止まるような、後ろ向きに歩いて行こうとするような様相を見せました。

秋にも同様に、9月になってさらに日曜日の「SS特訓」が始まると物事が全くうまく流れなくなりました。このころになると息子は土曜日(土特)も日曜日(SS特訓)も不在の上、それらの課題を自ら抱え込むようになったので私の対応は困難でした。

前期の土特については当初私が何とか息子を引っ張ろうとしました。できるところまで頑張ったつもりですが結局4月末以降土特を欠席します。後期については結局10月末以降通常授業と土特を欠席、11月末を最後にSS特訓も欠席することになりました。

秋には状況が急降下、12月2日にあったSAPIXの保護者面談時に退塾の意思を伝え冬期講習前での退塾が決定しましたが、それはその後すべてのことが私の肩にのしかかってくるということをも意味していました。ベストであると考えられた判断も、決してその後の光明を保証するものではありませんでした。

12月18日には通学している小学校の終業式を迎えますが、その直前期、私は毎日悲嘆にくれていました。

私はこの子育てを始めてもうすぐ13年になりますが、いつまでも私は素人のままです。いつもそれは難しいです。子どもの成長は早く、どんな状況もそこでとどまるものではなく次々と変化していきます。

息子の受験勉強に関して、学校のある平日の帰宅後は使い物になりませんでした。学校後に帰宅するともう夕方でしたが、毎日彼は不機嫌にくたびれ切って帰って来るか、そうでなければただのパッパラパーで帰って来るかで歯が立ちませんでした。受験の意思はあるのにそれがどういうものなのか、まるで分かっていないようにも見えました。私は息子の受験勉強のフォローがしたかったのですが、私には気の利いた対応ができませんでした。

終業式が終わったら受験勉強の開始だと思っていましたが、私はうまく行くのか不安で仕方がありませんでした。私の心は毎日こんな思いでいっぱいだったのです。「どうしてこんなことになってしまったのだろう。」、「これから私たちはどうなってしまうのだろう。」 後悔や不安の念でした。

 

ある出会い

あれは終業式の3日ほど前でした。小学校は短縮期間だったので通常より早い息子の帰宅に備え、私は家事に勤しんでいました。少しでも気持ちを落ち着けたかったのか、スマホYouTube上のあるプレイリストを再生しながら最後の洗い物に取り掛かっていました。

なぜあの時私がスマホを手に取ったのか不明です。そしてなぜそのとき、あの動画がその下に表示されていたのかも分かりません。でもなぜか私はそのときある別の動画のサムネイルをタップし再生していました。

タイトルもきちんと見ていませんでしたが、ただ「グロービス」という文字は目に入っていました。もはや大昔のこと、独身時代のことですが、私が銀行内のSEからコンサルへと転職しようとする頃、個人的に興味を持ってグロービスの単科講座をいくつか受講したことがありました。だから「あぁ、グロービス、懐かしいなぁ。」と思った記憶はあります。ただそれだけです。誤って手が当たったのです。

しかし、なぜか私の手が触れ始まったある講演の動画に、私は釘付けになりました。惹きこまれ雷に打たれたようでした。

そのタイトルは『すべては導かれている』でした。

 

『すべては導かれている』

再生されたのはこの動画でした。


www.youtube.com

 

同講演の書き起こしはこちらです。

 

書籍はこちら。

 

最初に、かつて大病に侵され藁にも縋る思いで訪れた禅寺で目にされた二つの光景が語られます。その禅寺では農作業が課されていました。

ところが、人生というものは、やはり、「大いなる何か」に導かれている。その初日から、大切なことを教えられたのです。その畑で嫌々ながら農作業をしていると、横から大きな声が聞こえてきた。それは、「どんどん良くなる! どんどん良くなる!」という声でした。思わず横を見ると、ある男性が必死に鍬を振り下ろしている。しかし、見た瞬間に分かりました。足が大きく膨れていて、「腎臓がやられている」ということが。

 

それで、休憩時間に、「どうなさったんですか」と聞くと、「いや、見ての通り腎臓をやられているんですわ。それで、何年も、病院に出たり入ったりして、もう医者は治してくれんのです。ただ、このままじゃ家族がダメになる。もう、自分で治すしかないんですわ!」と言われた。その瞬間、その方の言葉が、天の声のように聞こえたのです。「ああ、そうだ。自分で治すしかないんだ!」と。その瞬間、私は、大切な何かを掴み始めたのです。

 

そして、それから3日後ぐらいでしたか、その日の午前中は、山の中腹にある畑に行って皆で農作業をする日でした。私は作業で使う農具の当番で、一人ひとりに鍬や鋤を渡していくと、他の方々は、次々と坂を登っていき、農作業に向かっていきました。全員に農具を渡し、後片付けをして、私もずいぶん遅れて・・・、もう30分以上経ったでしょうか、「さあ、自分も作業に加わろう・・・」と、鍬を肩に坂道を登っていったら、最初の曲がり角に差し掛かった瞬間、ハッとする光景を見ました。それは、思わず目を疑う光景でした。

 

そこを歩いていたのは高齢の女性でした。足が悪いことは、見てすぐに分かりました。足を引きずるようにして、鍬を杖のようにして一歩一歩、坂道を登っていました。その悪い足を治したいということで、その寺にやってきたのでしょう。しかし、その歩みでは、懸命に坂道を登っていっても、畑に辿り着くのは午前中の作業が終わってしまう頃です。それは明らかでした。

 

しかし、その方の後姿から、強い思いが伝わってきました。「畑に辿り着けるかどうかはどちらでもいい。私は、この体で力を振り絞って、自分の力で登っていく!」。その必死の思いが伝わってきたのです。農作業に間に合うかどうかは関係ない。目の前の現実に正対し、全力を尽くして登っていくという、その静かな気迫が伝わってきました。*1

 

そして禅師から次のような言葉を受け取ります。

「過去はない。未来もない。あるのは、永遠に続く、今だけだ。今を生きろ!今を生き切れ!」。*2

 

これらの出来事によって、それまで「どうしてこんな病気になってしまったのか。」と過去を悔いるか、あるいは「ああ、この病気でこれからどうなってしまうのか。どこかに助けてくれる医者はいないのか。」と未来を憂うことに延々と時間を使い、心のエネルギーを使っていたことに気づいた同氏はそこで腹をくくり「今を生き切る」覚悟を決めたと話されます。

講演ではその後「すべては導かれている」という根本覚悟に至る5つの覚悟*3が語られていきます。

「自分で治すしかない。」、そして「間に合うか間に合わないかは関係ない。私は目の前の現実に正対し、力を振り絞って自分の力で登っていく。」という魂の声は、当時退塾を決めた上で過去への後悔あるいは未来への不安に苛まれていた私の胸に突き刺さりました。そして同氏を通して語られる禅師の教えは、その後の私を支える力となりました。

 

考え方の土台として

「すべては導かれている」という覚悟に基づいた生き方は決して成功を保証するものではなく、成長を保証するものでした。今回の受験で言えば、決して合格を保証するものではありませんが、一つひとつの状況に正対し乗り越えていくことを通し私たちが成長していくこと、そしてまたそれを通し物事が好転していくことを約束するものでした。

 

「不運に見える出来事」が起きたとき、どう処すべきか。人間であるかぎり、その出来事が起こった当初は、落ち込むことがあってもいいでしょう。しかし、いずれ、まもなく、心が立ち直るようであってほしい。

 

そのためには、その「不運に見える出来事」を、次のように受け止めることです。

 

「たしかに、こうした出来事を望んでいたわけではない。また、周りの人々は、この出来事を、不運な出来事だと言う。しかし、本当はそうではない。この出来事は、深い意味があって、今の自分に与えられた出来事だ。そうであるならば、この出来事から、その意味を学ぼう。大切なことを学ぼう。今、この出来事は自分に何を教えようとしているのか。自分に何を学べと言っているのか。自分に何を掴めと言っているのか。自分に何を伝えようとしているのか。そのことを真摯に学ぼう」

 

そう覚悟を定め、受け止めて頂きたいのです。*4

 

この講話を通し、人生で起こることにはすべて深い意味があると考えて、どんな出来事からも大切なことを学び成長していこうと私も覚悟を決めました。

受験の直前期に退塾を決め、後悔や不安に苛まれながらもある意味孤独な受験勉強に入ろうとしていたこのタイミングで、私はこの貴重なお話を聴くことができました。その後どのように状況が変わっていくか分からず、いやが応でも近々各校の受験結果が出てくるというその時期にこの深い覚悟を教わったことは重大な意味を持ちました。私は腹をくくりました。

そしてここで教わった覚悟は息子との大事な期間に私を支えただけでなく、今後起こるすべてのことを解釈する際に思い起こされるものとなりそうです。

 

私はあまりにも未熟な者なので氏の仰る直観力にもすぐれませんが、例えばもともと私があくまで息子の通塾をサポートしたいと思ったことについても、そういった表面的な部分ではなくもっと根本から考え直し独自の対応ができなかったかと今後に向けて自問します。

そしてまた、塾が息子にフィットしていないとか成績が急降下してしまう等といった事象に対しては、基礎的な知識の欠如や理解が表面的であるという根本原因が考えられる上、本人の性格や適性といった側面も考慮されうるものですから、より根源的な対応が考えられなかったかと今は思います。

こうして、今回の受験勉強(広い意味で小学校生活)に関して、私たちはもっと主体的であるべきだったと感じるようになりました。

そしてこのように得られた反省点は今後にしっかり活かしていきたいと思っています。身近な例として、我が子に関し、日々の学習の仕方、予習・復習の仕方、フォローの方法などについてもこうしたほうが良いのではないかと多くの気づきがあったことは大きな収穫でした。

 

今回の一つの経験も私たち家族の成長過程の一部に過ぎませんが、一つひとつの出来事を成長に必要な意味ある出来事と解釈できれば、すべては常に良い方向へ流れていくのかもしれません。

 

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*1:https://mba.globis.ac.jp/knowledge/detail-17095.html?utm_source=youtube&utm_medium=ginsight&utm_campaign=qhSRBpML-3U

*2:https://mba.globis.ac.jp/knowledge/detail-17095.html?utm_source=youtube&utm_medium=ginsight&utm_campaign=qhSRBpML-3U

*3:ここで語られる5つの覚悟とは以下の通りです。「自分の人生は、大いなる何かに導かれている」、「人生で起こること、すべて、深い意味がある」、「人生における問題、すべて、自分に原因がある」、「大いなる何かが、自分を育てようとしている」、「逆境を超える叡智は、すべて、与えられる」

*4:https://mba.globis.ac.jp/knowledge/detail-17096.html?utm_source=youtube&utm_medium=ginsight&utm_campaign=qhSRBpML-3U

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